医工連携と産業|日本医工ものづくりコモンズ論文誌

 近年、医工連携に基づく医療機器(非医療機器)開発は、AMEDや東京都医工連携HUB機構などの支援などにより著しく加速し既に製品化され、医療現場で活用されている事例も増えている。医療機器等の開発に関わるノウハウや各種データは、論文として発表することにより、医療機器等の開発者間で情報共有される。論文発表は医療機器等の分野を大きく発展させるためには本質的に重要である。

 これまで医療機器開発に関する知見は、医学や生体医工学分野の論⽂集で掲載されてきているが、医療機器等の基礎から臨床応用(有効性や安全性を含む)までを全体的にカバーする論文集が見当たらない。

 そこで、日本医工ものづくりコモンズが編集の主体となり、自然科学社を出版元としてピアレビュー(医療機器等の開発成果に関して専門家同士で評価検証すること)を基にした論⽂集「医工連携と産業」を発刊することとなった。

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医工連携と産業
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日本の医工連携における行動様式に関する戦略研究
医工連携とは,古く大学内における医学部と工学部の技術連携から始まり,現在では医学(従事者)と工学(従事者)が連携し,医療技術の研究開発や事業創出を図ることをいい,その社会的意義とは,革新的な医療機器イノベーションを創出し社会実装することである。世界的にみると,革新的な医療機器イノベーションの多くは米国の医工連携から創出されており,そこでは活発に創発されたスタートアップ企業を大企業が取り込むといった,起業から事業化までの循環システムが社会的に確立されている。これに対し,日本の医工連携は,国の政策主導により2000 年代初頭から医療産業クラスターが形成され,地域中小企業を活用した地域医療機器産業の活性化を図るものである。このことから,米国の医工連携における活発なイノベーション創出の様相に倣えば,日本でも医工連携により革新的な医療機器の開発が活発になり,新製品が続々と上市されるようになると思われた。しかしながら,そもそも自由型市場経済の米国と調整型市場経済の日本では,経済システムの制度が根本的に異なる。したがって,日本の医工連携において革新的な医療機器イノベーションを創出するためには,米国の医工連携に倣うのではなく,日本ならではの医工連携のイノベーション戦略を構築し,社会システムのモデルとして確立する必要がある。 本研究は,テキストマイニングを用いて,日本の医工連携における個人や組織の行動様式(戦略)のメカニズムを社会科学的なアプローチで明らかにし,日本独自の医工連携戦略を構築することを目的とする。本研究では,産業技術総合研究所の事例集「医療機器開発ケーススタディー」の3 年度分(2017〜2019 年度版)をデータソースとし,テキストマイニングを用いて日本の医工連携における個人や組織の行動様式を,頻度分析,クラスター分析,対応分析,共起ネットワーク分析により分析した。その結果,日本の医工連携では,非医療機器・低クラス医療機器の開発に特徴を有し,そこでは個人の経験やノウハウといった属人的な個人特性が影響を与えていることが示唆された。そして,これらを踏まえ,日本の医工連携においてシリコンバレーに代表される米国のイノベーション・エコシステムと比較し,日本独自の医工連携の行動様式を実践的インプリケーションとして提示した。このことから,日本の医工連携では,非医療機器・低クラス医療機器における開発の特徴を踏まえた,日本独自の高クラス医療機器開発に係る実践的な個人・組織の戦略システムの構築が急務とされるのである。
医工連携におけるチーム学習と心理的安全性
日本の医工連携では,特定の医療機器等開発を想定したプロジェクトをベースに,医師やエンジニア等からなるチームが構成される。ここでは医療と産業の垣根を超え,プロジェクトの遂行で生じるさまざまな課題や失敗に対し,知恵を出し合って解決するというチーム学習が行われる。 しかし医工連携の場合は,医師によるリーダーシップや,メンバーが所属する組織からのサポートの程度といった要因で,チーム学習が阻害されるおそれがある。このようなチーム学習の阻害に対して,心理的安全性の概念が有効と考える。つまり,チーム内においてメンバー自らの意思の発出に対する恥やためらい,恐怖といった対人リスクのない環境を醸成させれば,チーム学習は促進すると考えられる。 本研究では,日本の医工連携プロジェクトにおけるチーム学習と心理的安全性の関係を説明するための理論枠組みを構築した。この理論枠組みでは,医工連携のプロセスからどのようにしてチーム学習の機会が生じるか,心理的安全性のプロセスからどのようにしてチームの学習行動が生じるかについて詳細な検討を行った。このことから,日本の医工連携の成功に寄与する一因として,心理的安全性の概念が有効であることが示唆された。
カテーテルを巡る研究開発の動向―背景となる医療・市場・社会の状況―
本稿では,カテーテルおよびそれと併せて使う検査・治療用機器(カテーテル等機器)の研究開発について,その背景を医療・市場・社会の観点で調査分析し,カテーテル等機器の研究開発の方向性を示した。結果は以下の通りである。① 国内外の医療機器市場において,カテーテル等機器の占める割合は相対的に高かった。世界市場における売上高占有率(シェア)は米国系企業が圧倒的に高く,特にステントはその傾向が顕著であり,国内市場での高い輸入割合につながっていた(2021 年までのデータより)。② 社会全体の疾病構造として,国内外ともに循環器疾患が主な死亡原因になっており,この傾向は,同疾患の診療に用いるカテーテル等機器の臨床ニーズにつながると考えられる。③ 心血管疾患の診療では,カテーテルを用いた検査は減少あるいは横ばいであり,治療については薬剤溶出性ステント(DES)留置と不整脈カテーテルアブレーションの件数が多く,特に後者は約2 倍に増加した。経カテーテル的大動脈弁植込み術(TAVI)は約14 倍に増加し,最も増加率が高かった(2015~2022 年の調査データより)。④日本における臨床上の課題を考慮すると,研究開発の方向性として,心血管疾患領域,脳血管疾患領域,がん領域ではさらなる低侵襲化,高精細化,簡易化が求められる。上記の結果と,日本の企業やアカデミアによる革新的なカテーテル等機器の開発事例とを考え合わせると,日本において研究開発の成功事例を増やすための取組をステークホルダー間で地道に続けることが医療イノベーションにつながるとともに,国際競争力の強化に導くと期待される。一方,これまでの世界市場のシェアを見る限り,日本のカテーテル等機器全般の競争力は決して高くはないことを考えると,研究開発以降の製品化や事業化のプロセスを改善・強化していく取組も併せて必要である。